「普通」の概念と統合意識

私たちが良く使う言葉「普通」
普通とはどんな意味なのでしょうか?

  • その類のものとしてごく平均的な水準を保っていて、取り立てて問題とする点がない(良くも悪くもない)こと(もの、様子)。 →大部分の対義語は「特別」
  • その類のものに共通する条件に適っていて、特に変わった点が認められないこと(もの、様子)。→ 一部の対義語は「異常」     ……新明解国語辞典より……

あたりまえ、で取り立てて言うほどの事でもない…それが「普通」なのですが
厄介なことに、この「普通」の概念は人によって全く異なります。
国によって、時代によって、生まれ育った環境によって、性格によって、と様々な要素が相まって
個人でそれぞれの「普通」が生み出されます。

なので、あなたにとっての普通は、私にとっての特別であり、私にとっての普通は、あなたにとっての異常、にもなり得ます。
だからこそ、人の悩みの多くを占めるのが「対人関係」である、ということも肯けますね。

 

 

 期待はしていなくても…
Voyager Tarot Five of Cups
Disappointment-失望
描かれているグラスは全て割れていて注げないー自分で受け取るつもりがないのです

失望ーがっかり、という気持ちがなぜ起こるのか。
それは自分の願いが叶わなかったとき。
あぁ…○○だったのに…。
それは、周りに対して、自分に対して、まず前提条件として「期待」や「希望」があるのでしょう。それが叶わないとわかった時に、その対象ー自分自身も含め落胆してしまうのです。

ボイジャータロットの中にも、「失望」というカードがあります。ここに描かれている全てのグラスは割れており、何も注げない状態になっているのが特徴です。
そう、そもそも注げないー自分自身で「コレ」と期待するもの以外は受け取ろうとしていない、ということでもあるのです。
他のものは手に入ったかもしれない、でもそれじゃない!と自ら拒否している。

「期待」はしていない、つもりであっても、「普通だよね??」「常識だし」「みんなやってるよ」といったような、「普通の概念」はあるのではないでしょうか?
しかし、その「普通」のラインがみんなバラバラなのですから、期待通りにはならず「なんで??」ということになるのも、理論上では当然です、感情としては割り切れない部分はあっても。

 

 

 例えばこんな普通もある

 

私は「destroyerー破壊者」と心の中で呼んでいるのですが、スピリチュアル的には「エネルギーバンパイア」とでも言うのでしょうか、とにかく凄まじい人っていませんか?
嵐や竜巻の様に、突然すさまじくわ――――っ、と入ってきてみんなをぐるんぐるん巻き込んで、シャア――――ッ、といなくなるような、ひと。
悪い人というわけでもなくて、割と良い人なのかな、な雰囲気も出しつつ、でも巻き込み方がすごすぎる、という。決まって、よくしゃべります、結構しゃべります、自分のことばかりしゃべります。
巻き込み度がハンパではないので、皆うんうんと話を聞いてしまう。そう、独り言ではないのですよね、会話が成立しています。なんですが。
会社でこれをやってしまうと、注意を受けるのはこのdestroyerのみ、なわけです。おかしいですよね?一緒に話をしている人もいるはずなのに。

 

だからdestroyerにとっては不満です。「なんで私ばかりが注意をされるのだろうか?」
「ちょっと話しただけなのに」
destroyerにとっての「ちょっと」「普通」、の観点が私には全くもってわかりませんが、あくまで「普通」、そう普通なのです。悪気なんて、ないんですよ。

 
 
 
私の実話なのですが。
先日、あるアカウントで使用するクレジットカードを変えました。アカウントのマイページにクレジットカード情報を入力しておけば、自動で処理してくれる、というもの。
使用するカードの種類を変えたりすることも、決して珍しいことではありませんね。
私の中での「普通」は、指定のカードを入力し、必要のないカード情報は削除する、というものでした。個人情報の流出がどうのと、これだけ騒がれている今だからこそ、いくらセキュリティが整っていると言えども、不必要な情報を入れておく必要がそもそもない、という理論です。
実際、どのアカウントでもクレジットカードの入力は個人で自由に行えました。
とはいえ。
某A社は違いました。一度入力したクレジット情報は二度と削除できん、というわけのわからない「普通」を持っていたのです。
(Google先生にいろいろ聞いてみたところ、皆さま同じように商売魂がすごすぎる的なご意見が多々ありました。ちなみに、クレジット情報を削除するには、アカウント自体を削除する必要があるので、それはそれはそれは面倒な道のりになるようです)
 
 
 
 横列で見てみる

普通は、という自分のポイントで思考をしても、なかなかうまく感情的にも折り合いがつかないことも多いのではないでしょうか?
なので、「それもあり」という横列で俯瞰してみるのも一つの方法なのかなと思われます。
それが「統合意識」です。自分とは全く違うけど、それもあるんだね、という感覚。

Voyager Tarot VI-Lovers
男女/陰陽、など全く違う性質のものが全てそのままの姿で存在します

私たちは、どうしても「縦列」式に思考が働きやすいので、感情に飲まれやすくもなります。
縦列、すなわち「優劣」「上下」「レベル」です

「普通」という、真ん中のこともできない。
あいつはダメな奴だ。
自分はなんて無能なんだ。
反対に、ちょっとでも「普通」を上回ると「えらい」「すごい」。
そのような自分軸での優劣なんて、本当に小さいものです。
だって、人が変われば、基準値自体がずれてしまうのですから。

統合意識、として「それもある」「うんうん、これもあるね」と、横列の「カテゴリー」として見てゆけば、自分の意識が広がります。
それらすべてを「認める」とか、「好きになる」必要は全くありません。嫌いなものは嫌いです。
嫌いなら、うーーんと横のカテゴリーに追いやって、自分から見えないところにおいておけば良いだけです。

自分にもたらされる時間もエネルギーも有限です。だとしたら、自分の楽しいことに使いたい!、ですよね。それなら、自分で持っている「普通」、それに伴う上下の概念を、横に広げて「統合意識」に立ちましょう。
destroyerからの嵐なんて全く受けないところに立てば、感情も穏やかに過ごせます。