自分にとって好ましくないこと、いやなこと、面倒くさいことなどは、なぜか連なって起こる…
そういった経験はないでしょうか?
あっちもこっちもな状況に、精神的にも肉体的にも疲れ果て…となってしまうことが、人生にはままあります。
人生の体験は、全て「起こるべくして起こっている」ので、なんとなくとか適当に降りかかっているわけではない、
でもここまでマイナスなコトが続くとなんだか「人生はいつから”ガマン大会”になったんだ??」なんて思い、投げ出したくもなる…
今回は、自分の内外で起こるネガティブなこととどう向き合うか、について観ていきたいと思います。
感情には感情で
自分の周りで繰り広げられる「理不尽」がまかり通ること、私はここに結構イラついたりします。
理不尽な事柄や態度にイライラする、ムカつく、あるいは思いが伝わらなくて悲しいとか、願いが達成できなくてショックだ…、など、私たちの「感情」は降ってわいたように「身体の感覚」としてやってきます。
理不尽な事柄や態度にイライラする、ムカつく、あるいは思いが伝わらなくて悲しいとか、願いが達成できなくてショックだ…、など、私たちの「感情」は降ってわいたように「身体の感覚」としてやってきます。
まず、第1に大切なことは
この感覚を無視せず「味わう」ことです。
怒りとか嫉妬とかの燃え上がるような感覚もあれば、
失望とか悲しみとかの奥底に沈んで力を無くすような感覚もあります。
まずはそれらを「味わう」
決してここで「なかったこと」にしてはいけない。
この感覚を無視せず「味わう」ことです。
怒りとか嫉妬とかの燃え上がるような感覚もあれば、
失望とか悲しみとかの奥底に沈んで力を無くすような感覚もあります。
まずはそれらを「味わう」
決してここで「なかったこと」にしてはいけない。
そして、対策は
「感情の癒し」です。
感情は、感情でしか解決できないので、
この時点で「思考」を持ち込んではいけません。
「感情の癒し」です。
感情は、感情でしか解決できないので、
この時点で「思考」を持ち込んではいけません。
なんっにも考えずに、無条件で没頭できる「楽しい・うれしい」ことをしていきましょう。
それすら思いつかないなら、ひたすら身体を使うー大そうじでもランニングでも、そして疲れ果てて寝る、とか、とにかくドラマをシーズン10まで一気見!、とか。
「思考」を持ち込まず、まずはその感情を味わい、そして感情で癒す、という流れを作ります。
それすら思いつかないなら、ひたすら身体を使うー大そうじでもランニングでも、そして疲れ果てて寝る、とか、とにかくドラマをシーズン10まで一気見!、とか。
「思考」を持ち込まず、まずはその感情を味わい、そして感情で癒す、という流れを作ります。
沸点ポイントを知る
感情が落ち着いてきたところで、続いて振り返るのが「自分の沸点ポイントを知ること」です。
人によって腹の立つポイントはさまざまー
ある人は「何その言い方!!」と腹を立てますが、ある人は「そんなに言うほどのコト??」と気にしなかったり。
何に悲しんで/怒っていたのか、といったことを振り返ることで
あぁ、自分はこういうのが「嫌い」なのだ、ということを知ることができる。
ある人は「何その言い方!!」と腹を立てますが、ある人は「そんなに言うほどのコト??」と気にしなかったり。
何に悲しんで/怒っていたのか、といったことを振り返ることで
あぁ、自分はこういうのが「嫌い」なのだ、ということを知ることができる。
あるいは
ここに自分でも気が付かなかった「あたりまえ」の「長所」「才能」が見えてきたりするものです。
「才能」という言葉は、なんだかすごいことをイメージさせるようで
自分には才能なんて…、と思いがちではあるのですが、
「あたり前に」「大きな苦労もなく」「あるいは大きな苦労もいとわず続けて身に付けたこと」などこそが、自身の持つ「資質」であり「才能」なのです。
自分にはあまりにも普通で取り立てていうことでもなかったけど、え?それって自分だからできていたことだった?、という気付きにつながっていったりする。
ここに自分でも気が付かなかった「あたりまえ」の「長所」「才能」が見えてきたりするものです。
「才能」という言葉は、なんだかすごいことをイメージさせるようで
自分には才能なんて…、と思いがちではあるのですが、
「あたり前に」「大きな苦労もなく」「あるいは大きな苦労もいとわず続けて身に付けたこと」などこそが、自身の持つ「資質」であり「才能」なのです。
自分にはあまりにも普通で取り立てていうことでもなかったけど、え?それって自分だからできていたことだった?、という気付きにつながっていったりする。
なので
ダメージを受けた、というネガティブな体験も「自分を知る」という一つの大きな手掛かりになっていきます。
嫌いなコトがわかれば、なるべく避けて通る道を選択できますし、
才能がわかれば、それを活かす道を探せます。
ダメージを受けた、というネガティブな体験も「自分を知る」という一つの大きな手掛かりになっていきます。
嫌いなコトがわかれば、なるべく避けて通る道を選択できますし、
才能がわかれば、それを活かす道を探せます。
そう振り返れば、
このネガティブ体験もなかなかなものではありませんか?
このネガティブ体験もなかなかなものではありませんか?
問いかけー答えは自分の中にある
さらに、もう一歩進んで見てみると
「この体験はなぜ自分に起こったのか」
「この体験から得ることは何か」
「今自分がすること、向かう方向は?」
「この体験はなぜ自分に起こったのか」
「この体験から得ることは何か」
「今自分がすること、向かう方向は?」
といった、この「ネガティブ体験」がもたらした理由を問うてみることです。
全ての出来事は「起こるべくして起こっている」、必ず理由があるのです。
そして、その答えは「自分の中」にあります。
全ての出来事は「起こるべくして起こっている」、必ず理由があるのです。
そして、その答えは「自分の中」にあります。
といっても、ちょっと抽象的でわかりにくいですね。
初めは、ボイジャータロットカードなどに聞いて答えのヒントを得たり、
セッションなどを通して、心の声を具現化してみるのも良いでしょう。
理由がわかれば「そうだったのか」と納得ができ、さらに1歩前に進める自信が持てます。
ここで大切なことは「今すぐ答えを得ようとしない」ということです。
「保留」というスタンスも必要です。
初めは、ボイジャータロットカードなどに聞いて答えのヒントを得たり、
セッションなどを通して、心の声を具現化してみるのも良いでしょう。
理由がわかれば「そうだったのか」と納得ができ、さらに1歩前に進める自信が持てます。
ここで大切なことは「今すぐ答えを得ようとしない」ということです。
「保留」というスタンスも必要です。
「保留」としながら
「なんで起こったのか、その理由を知りたいです」ときちんと意図しておく。
いつしかフッと、「そういうことか!」と、答えが降ってくるものです。
「知りたい!」「それってどうなの???」という好奇心的な気持ちは必要ですが、
そこに力が入りすぎると「直感」の域である、高次からのメッセージはなかなかキャッチしずらいのです。
「知りたい」という意図
今は「保留」としておく
そして、自分の今の行動に意識をフォーカスしてください。
「なんで起こったのか、その理由を知りたいです」ときちんと意図しておく。
いつしかフッと、「そういうことか!」と、答えが降ってくるものです。
「知りたい!」「それってどうなの???」という好奇心的な気持ちは必要ですが、
そこに力が入りすぎると「直感」の域である、高次からのメッセージはなかなかキャッチしずらいのです。
「知りたい」という意図
今は「保留」としておく
そして、自分の今の行動に意識をフォーカスしてください。
<<まとめ>>
1-ネガティブなことを体験したら
まずはその感情をしっかり味わう →
そして、その気持ちを感情で癒す、思考は使わない
2-感情が落ち着いたら
自分はどこに「沸点ポイント」があるか探ってみる →
自分を知るチャンス
3-なぜ起こったのかを問うてみる
すぐに答えを得ようとしない、「保留」でもOK
1-ネガティブなことを体験したら
まずはその感情をしっかり味わう →
そして、その気持ちを感情で癒す、思考は使わない
2-感情が落ち着いたら
自分はどこに「沸点ポイント」があるか探ってみる →
自分を知るチャンス
3-なぜ起こったのかを問うてみる
すぐに答えを得ようとしない、「保留」でもOK
ネガティブな出来事や感情は無くならないし、コントロールもできません。
でも上手に付き合うことで、自分の世界を楽しいものに創ることはできるのです。
ネガティブの枠を外して、なりたい・ありたい世界を創りましょう。
でも上手に付き合うことで、自分の世界を楽しいものに創ることはできるのです。
ネガティブの枠を外して、なりたい・ありたい世界を創りましょう。